東京高等裁判所 平成4年(行ケ)247号 判決 1995年1月25日
大阪府泉南市新家2535番地の1
原告
三谷繊維工業株式会社
代表者代表取締役
中谷繁樹
大阪府和泉市寺門町1丁目8番7号
原告
藤田紡績株式会社
代表者代表取締役
藤田定三
原告ら訴訟代理人弁護士
梅本弘
同
片井輝夫
同
石井義人
同
池田佳史
原告ら訴訟代理人弁理士
杉本巌
同
杉本勝徳
東京都世田谷区若林2丁目21番12号
被告
相原精太
訴訟代理人弁護士
佐藤泉
同
中川康生
主文
特許庁が、平成3年審判第1611号事件について、平成4年10月15日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和56年3月18日に実用新案登録出願(実願昭56-37747号)、昭和63年12月14日に出願公告(実公昭63-48647号)、平成元年9月12日に実用新案登録された名称を「スライバー編成手袋」とする考案(以下「本件考案」という。)の登録第1786964号実用新案権の権利者である。
原告らは、被告を被請求人として、平成3年1月16日、上記実用新案登録無効の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成3年審判第1611号事件として審理したうえ、平成4年10月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月4日、原告らに送達された。
2 本件考案の要旨
本件考案の要旨は、別添審決書写し記載のとおりである。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案は、原告が証拠方法として提出した大正12年実用新案公告第4624号公報(以下「第1引用例」という。)、特公昭50-18111号公報(以下「第2引用例」という。)、特開昭55-107549号公報(以下「第3引用例」という。)及び特開昭51-127267号公報(以下「第4引用例」という。)に記載された各考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできないから、本件考案の登録を無効とすることはできない、と判断した。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件考案の要旨、各引用例の記載内容は認めるが、その余は争う。
審決は、第1~第4引用例の各考案からの本件考案の容易推考性の判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 審決の認定判断の誤り
審決は、「本件考案と甲第1号証(注、第1引用例)に記載された考案を対比すると、両者は、スライバー状物でメリヤスを編成するという点で共通するも、甲第1号証(注、第1引用例)には、肌着類に用いるメリヤスの構造を開示するにすぎず、本件考案の主要な構成要件である、梳綿工程から紡糸され無数の単繊維を平行状に緩く集め長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠とし、この併合篠で「手袋」を編成する点については記載も示唆もない。また、甲第2号証~甲第4号証(注、第2~第4引用例)にもこの点の記載も示唆もない。しかも、本件考案は、明細書に記載されているように、輪奈が柔軟で感触が良い、光沢性に富む、作業用や防寒用として有効、かつコスト安の手袋が得られるという効果を奏するものである。」(審決書5頁7行~6頁2行)と認定し、これを前提として、本件考案は、第1~第4引用例に記載された各考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできないと判断しているが、誤りである。
第1引用例(甲第3号証)には、肌着類に用いる「綿篠乃ち『スライバー』を一本又は数本を用い之を適宜に形体を保たしめつつ編成したる『メリヤス』の構造」が開示されている。
この「メリヤス」という語は、本来「編靴下」を意味するスペイン語の「メイヤス」あるいはポルトガル語の「メディヤス」から来ており、現在では一般に「機械による編物」という意味で、肌着のみならず、「編手袋」等を含んで用いられている用語である(甲第17号証、1962年発行「工業大事典」第17巻「メリヤス」の項)。
したがって、第1引用例に開示されている「メリヤスの構造」にいう「メリヤス」が、肌着を指すだけでなく、編成靴下、編成手袋を含む意味であることは当然である。
第2引用例には、「無撚りの平行短繊維束よりなる編織物を製造する」方法、すなわち、スライバーを編糸として用いてメリヤスを編成する技術が開示されており、かつ、前記のとおり、メリヤスには手袋が含まれるのである。
また、第3引用例には、「化学合成繊維を含む混紡スライバーを使用して編織物を製造する」ことが開示されており、第4引用例には、「紡績糸又はフィラメント糸と、有限長繊維からなる無撚繊維束とを引き揃え状に編成してなる編地の前記無撚繊維束が、編地を形成する・・・」技術、すなわち、撚りのないスライバーと撚糸を引き揃えて編成する技術が開示されている。
以上のとおり、本件考案の要旨である、「化学合成繊維を含む混紡スライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠で手袋を編成したこと」は、従来公知の第1~第4引用例の技術思想、とりわけ第1及び第3引用例を組み合わせることにより、当業者がきわめて容易に考案できたものである。
にもかかわらず、審決は、前記公知の技術思想を組み合わせることによる本件考案の容易推考性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
2 被告の主張に対する反論
被告は、本件考案の最大の特徴は、従来は、スライバーにより直接手袋を編成することができなかったが、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」を使用することにより直接手袋を編成することを可能にした点にあると主張する。
しかし、以下に述べるとおり、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」の存在自体は、本件出願当時周知であったから、これを使用して直接手袋を編成することには、何らの新規性、進歩性も認められない。
まず、「混紡」という点に新規性はない。紡績という産業が興った当初より混紡糸は存在していた。また「化学合成繊維を含む」という点にも新規性はない。化学合成繊維の生産が開始された当初より化学合成繊維を含む混紡糸は存在した。その化学合成繊維を含む混紡糸が編物(メリヤス)に使用されるようになったのもその頃からであり、これらはすべて常識に属する明白な事実である。さらに、本件出願当時、特紡糸の加燃工程前の状態であるスライバーに化学合成繊維を含む混紡スライバーというもの自体が存在することは周知であった。
そして、紡績糸の中間製品である「スライバー」が編物(メリヤス)に使用される技術が開示されたのが、第1引用例であり、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」を編地に使用する技術が開示されたのが、第3引用例である。
被告は、第3引用例の考案について、これはスライバーに可溶糸を巻きつけるなどの別の技術であると主張するが、ここで必要なのは「化学合成繊維を含む混紡スライバーを編地に使用すること」であって、それに他の高度な技術が加味されていることは、上記技術が開示されていることに影響を与えるものではない。
従来、特紡糸の加燃工程前の状態であるスライバーにより直接手袋を編成するという技術がなかったことは認めるが、それが可能になったのは、編機の進歩によるものであって、本件考案に何ら、新規性、進歩性はない。
また、被告は、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」の特徴として、繊維長が不均一である(化学合成繊維の繊維長が長い)こと及び静電気の作用によって、本来なら簡単に切れるスライバーの張力が飛躍的に高まると主張する。
しかし、まず、繊維長が不均一というのは混紡の本来的特徴ではない。化学合成繊維は人為的にどんな繊維長の原綿にでも生産できる。そして、混紡に使用する原綿は、純綿に近い繊維長の短いものとする場合もあれば、純綿より繊維長の長いものとする場合もある。後者の場合に、繊維長が不均一の紡績又はスライバーが産出されるにすぎない。
また、静電気の作用によってスライバーの張力が飛躍的に高まるというのも、何ら科学的根拠のない被告独自の見解である。逆に、静電気が発生することは紡績工程において紡出を困難ならしめ(甲第18号証165頁)、編成工程においてもスライバー同士が絡み合って円滑かつ均一に編機に供給できないという障害となる。したがって、通常編成工程においては、むしろ静電気の発生を防止し、又は除去する工夫を種々講じている。
さらに、被告は、スライバー編成の手袋は柔らかく、光沢性に富み、品質としても通常の糸による手袋より勝っていると主張し、審決も、本件考案が同様の効果を奏することを認定している。
しかし、これらの特徴は、単にスライバーそのもの及びスライバーによる編成品すべてに一般的にいえることに過ぎず、本件考案の進歩性の判断には何ら関係のない事柄である。
以上のとおり、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」により直接手袋を編成するという点に本件考案の新規性及び進歩性があるとの被告の主張は、何ら根拠のないものである。
第4 被告の主張の要点
審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 本件考案の新規性、進歩性
本件考案の最大の特徴は、「化学合成繊維を含む混紡スライバーを複数引き揃えて」手袋を編むという点にある。すなわち、従来は、精紡工程を経た糸により手袋を編んでいたにもかかわらず、糸の中間製品であるスライバーに化学合成繊維を含ませることによりスライバーの張力を高め、スライバーで直接手袋を編む方法を発明した点である。
純綿で作られるスライバーは、綿の繊維が短いため、わずかでも引っ張ると、繊維が抜けるように簡単に切れてしまうから、単独でも、またこれを複数引き揃えても、編成することは不可能である。純綿のスライバーを編機に導いたとしても、編機に至る前、あるいは編機によってスライバーが左右に引っ張られる段階で、即座にスライバーが切れてしまい、手袋等の完成品を編むことはできない。
ところが、スライバーの材料を、綿、絹、毛、化学繊維、スフ等を総合した屑繊維にすることによって、スライバーに含まれる繊維の長さが不均衡になり、特に比較的繊維の長い化学繊維と、繊維自体は短いが表面にキズ等のある綿その他の天然繊維が静電気その他の要素により絡み合うことにより、スライバーの張力すなわち引っ張る力に耐える力を飛躍的に高めることができる。
本件考案は、このような混紡スライバーの特色を重視し、混紡スライバーをもってすれば手袋の編成が可能であると判断し、その実用化に成功したものである。
これにより、リング機械等による精紡工程を一切経ずに手袋を編むことができ、その経済的効果は極めて重要である。さらに、スライバー編成の手袋は、柔らかく、光沢性に富み、品質としても通常の糸による手袋よりはるかに勝っている。
本件出願当時、特紡糸の加燃工程前の状態であるスライバーに化学合成繊維を含む混紡スライバーというもの自体が存在することが周知であったことは認めるが、従来は、スライバーにより直接手袋を編成することができなかったのを、本件考案は、化学合成繊維を含む混紡スライバーを使用することにより直接手袋を編成することを可能にしたものであり、新規性、進歩性がある。
以上のとおり、本件考案の特徴は、「化学合成繊維を含む混紡スライバーを使用した点」、「混紡スライバーを複数引き揃えた点」、「混紡スライバーを複数引き揃えたもので手袋を編成した点」にあり、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」を使用するという、今までに試みられたことのない方法によって、精紡以前のスライバーで手袋を編むことを可能にしたものであり、「綿スライバー」を材料とする第1引用例の考案とは全く異なる新規性を備えるとともに、「綿スライバー」を使用していたために克服することのできなかった張力の弱さを克服し、さらに、前記の経済的効果及び品質の向上という顕著な効果を奏するものである。
したがって、本件考案について、第1~第4引用例の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができるとは、到底いえないから、これと同旨の審決の判断は正当である。
2 原告らの主張に対する反論
第1引用例の考案は、綿篠でメリヤスを編成する技術であるが、第1引用例には、これをどのように編成するかについての技術が開示されていない。「本考案ハ綿絲紡績工程中梳綿以後精紡以前ノ間ニ於テ紡機ヨリ得タル儘ノ綿篠ヲ以テ特殊ノ工夫ニヨリ編綴シ『メリヤス』ト成シタルモノナリ而シテ第一綿線ニハ撚ヲ加ヘテ・・・」と記載されているが、「特殊ノ工夫」が開示されていなければ、この考案の技術を知ることはできない。また、「第一綿線ニハ撚ヲ加ヘテ」とあるため、この考案はスライバーに撚りを加えることを前提にしているかのようにも解釈できるが、この点に関する技術の開示も不十分である。また、「メリヤス」といっても、その応用範囲及び使用例は多種多様であり、これに関する特定及び示唆は何ら行われていない。
したがって、第1引用例は、本件考案の容易推考性を判断する証拠たりえない。
第2引用例の考案は、無撚りの平行短繊維束によって編織物を製造する方法として、繊維束に可溶性糸を巻き付けて糸状とし、これによって編織物を製造した後、可溶性糸を除去することを特徴とする技術である。一方、本件考案は、スライバーで直接手袋を編成することを特徴とするものであり、両者が全く異なることは明らかである。
また、第3引用例の考案は、第2引用例のものと類似の考案であり、可溶性の糸と繊維束に収束結合させて複合糸を製造し、この複合糸で編織物を製造し、その後可溶性の糸の一部又は全部を溶解除去することを特徴とする考案である。したがって、本件考案とは基本的に全く技術を異にするものであることは明らかである。
さらに、第4引用例の考案は、糸と繊維束を引き揃えて編成する技術である。したがって、本件考案のように、スライバーのみを複数引き揃えて編成する技術とは根本的に異なることは明らかである。
以上のとおりであるから、原告ら主張の審決取消事由は理由がない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、乙第1、第2号証を除き、当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 本件考案の要旨が、本件明細書(甲第2号証)の実用新案登録請求の範囲第1項記載の「梳綿工程から紡出され、無数の単繊維を平行状に緩く集め、長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバー2、3を紐状に複数引き揃えた併合篠4で、指部6、手部5及び手首部7を連編して成るスライバー編成手袋。」にあることは明らかである。
そして、1961年発行「工業大事典」第9巻「スライバ」の項(甲第27号証の2)によれば、「スライバー」とは、綿糸紡績の行程中梳綿以後精紡以前の中間製品の一つであって、「篠」あるいは「篠綿」と呼ばれ、それは、「単繊維が長さの方向にできるだけ互いに平行にならび、かつ単繊維の末端が長さ方向に平均に分散して構成され」たものであることが認められ、また、化学合成繊維を含む混紡スライバーも、本件出願当時すでに周知のスライバーとして当業者に認識されていたことは当事者間に争いがない。
上記事実によれば、本件考案の手袋の材料である「梳綿工程から紡出され、無数の単繊維を平行状に緩く集め、長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバー」自体は、本件出願前に周知のものであり、また、本件考案の要旨中「指部6、手部5及び手首部7を連編して成る」との構成は、手袋を編成する以上、当然なすべき構成であるから、本件考案は、この周知の化学合成繊維を含む混紡スライバーを用いて編成した「スライバー編成手袋」を提供したことに、その特徴があるものと認められる。
これに対し、第1引用例(甲第3号証)には、審決認定のとおり、その「登録請求の範囲」及び図面に、「綿絲紡績ノ行程中梳綿以後精紡以前ノ間ニ於テ紡機ヨリ得タル綿篠乃チ『スライバー』ヲ一本又ハ数本ヲ用ヒ之ヲ適宜ニ形體ヲ保タシメツゝ編成シタル『メリヤス』ノ構造」が記載されていることは、当事者間に争いがない。
そして、1962年発行「工業大事典」第17巻「メリヤス」の項(甲第17号証)によれば、「メリヤス」とは、編物製の靴下を意味するスペイン語のmeiasあるいはポルトガル語のmediasがなまってメリヤスというようになり、編物のことを称するようになったものであり、現在ではメリヤスという語は、一般に、手編物と区別される「機械による編物」を意味し、メリヤス製品には、肌着、靴下、手袋、下着等が含まれることが示されており、これによれば、本件出願前、メリヤス製品の中に、機械編みによる手袋が含まれていることは当業者にとって周知の事柄であったことが認められる。
また、審決認定のとおり、第2引用例(甲第4号証)には、「編織物の製造方法とくに、無撚りの平行短繊維束よりなる編織物を製造する点」(審決書4頁6~7行)が記載され、第3引用例(甲第5号証)には、「繊維束をドラフトし集束絡合させて紡績糸とする嵩高編織物の製造方法において、繊維束の繊維として綿、羊毛、麻などの天然繊維、レーヨン、キュプラ、ポリノジックなどの再生繊維、ポリエステル系繊維、ポリアクリロニトリル系繊維、ポリアミド系繊維などの合成繊維及びこれらの混紡繊維など、繊維束の形態としてスライバー、粗糸などとする点」(審決書4頁11~18行)が記載されていることは、当事者間に争いがない。
そうとすれば、第1~第3引用例に接した当業者が、第1引用例の「スライバー」に代えて、本件出願当時周知の「化学合成繊維を含む混紡スライバー」を用い、同引用例に開示されたスライバー「数本ヲ用ヒ之ヲ適宜ニ形體ヲ保タシメツゝ編成」する技術に従って、化学合成繊維を含む混紡スライバーを複数引き揃えて併合篠とし、同引用例のメリヤス製品の一つであるスライバー手袋を編成しようとすることは、ごく普通に考えうることであり、このようなスライバー編成手袋を提供したことに、格別の考案力を要するものとは到底認めることができない。
2 被告は、スライバーの材料を、綿、絹、毛、化学繊維、スフ等を総合した屑繊維にすることによって、スライバーに含まれる繊維の長さが不均衡になり、特に比較的繊維の長い化学繊維と、繊維自体は短いが表面にキズ等のある綿その他の天然繊維が静電気その他の要素により絡み合うことにより、スライバーの張力すなわち引っ張る力に耐える力を飛躍的に高めることができ、このように、「化学合成繊維を含む混紡スライバー」を使用するという今までに試みられたことのない方法によって、精紡以前のスライバーで手袋を編むことを可能にした点に、本件考案の特徴がある旨主張し、本件明細書(甲第2号証)には、この点につき、「このように構成されたスライバーは、特紡糸のため、その実体は摩擦係数の異なるもの、繊維の太細、縮んだ繊維、ランダム状の繊維等の屑繊維が入り組み、静電気による結束力と相まつて、繋がりを強くし、張力を増大させるとともに、複数引き揃えた併合篠によつて更にその張力を増す。また、編み機の進歩によつて、手袋を編む際に、スライバーを左右へ大きく送る必要がないので、編み機の張力も弱い。従つて、上記本案の構成によつて、スライバー編成手袋を提供することができる。」(同2欄17~27行)と記載されていることが認められる。
しかし、上記のとおり、本件出願当時、化学合成繊維を含む混紡スライバーは周知であり、被告主張の上記特性は、化学合成繊維を含む混紡スライバー自体の有する特徴であることは明らかであり、本件考案のスライバー編成手袋を得ることができたのは、上記化学合成繊維を含む混紡スライバー自体の有する特性以外には、本件明細書の上記「編み機の進歩によつて、手袋を編む際に、スライバーを左右へ大きく送る必要がないので、編み機の張力も弱い」との記載が示すとおり、専ら編み機の進歩に基づくものであると認められる。
すなわち、本件考案は、周知の化学合成繊維を含む混紡スライバーにより編成されたメリヤス製品の一つとして周知の手袋を対象とする考案であり、そこに、化学合成繊維を含む混紡スライバーのみで手袋を編成するための技術上の特別の工夫があったとしても、これを考案の要旨とするものではないから、被告の上記主張が、前示判断を覆すに足りるものではないことは明らかである。
また、本件考案の効果として本件明細書に記載されている「使用する紡績系統の設備においては、梳綿装置が最終の段階で、その後の工程の精紡機や撚糸系統の諸設備は必要としない」(同4欄19行~22行)との点は、第1引用例の考案においても、綿糸紡績工程中梳綿以後精紡以前の間に紡機より得たままのスライバーを使用していることが明らかであり、当然精紡機や撚糸系統の諸設備は必要としないものと認められるから、これをもって格別の効果ということはできない。
さらに、審決も認定する「輪奈が柔軟で感触が良い、光沢性に富む、作業用や防寒用として有効、かつコスト安の手袋が得られるという効果」(審決書5頁20行~6頁2行)は、第1引用例の「繊維ト繊維トノ氣孔ヲ其儘保存シテ軟カナル『メリヤス』ト成シタルモノニシテ表面ハ毛羽多ク肉ハ厚ク且『メリヤス』體部ニ有スル繊維間ノ氣孔ノ爲メニ保温力ニ富ミ」との記載(甲第3号証本文3~5行)、第2用例の「得られた布帛は腰があり光沢に富む」との記載(甲第4号証3欄8~9行)及び第3引用例の「嵩高編織物は極めて嵩高に富み、ソフト感に優れた風合のものとなる顕著な効果が奏される。」との記載(甲第5号証8欄14~16行)に示されるとおり、スライバー編成織物の持つ効果に過ぎないことが明らかであり、当然に予測できる効果にすぎないと認められる。
3 以上によれば、本件考案は、第1~第3引用例に記載された各考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案することができたものというほかはなく、この点の判断を誤った審決は、違法として取消しを免れない。
4 よって、原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
平成3年審判第1611号
審決
大阪府泉南市新家2535-1
請求人 三谷繊維工業 株式会社
大阪府和泉市寺門町796番地
請求人 藤田紡績 株式会社
大阪府大阪市天王寺区悲田院町8-22 新星和天王寺ビル 杉本特許事務所
代理人弁理士 杉本勝徳
和歌山県和歌山市寄合町32番地 シティハイツ城北303号 杉本内外国特許事務所
代理人弁理士 杉本巌
東京都世田谷区若林2-21-12
被請求人 相原精太
上記当事者間の登録第1786964号実用新案「スライバー編成手袋」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.本件登録第1786964号実用新案(以下、「本件考案」という.)は、昭和56年3月18日に出願され、昭和63年12月14日に出願公告(実公昭63-48647号)された後、平成元年9月12日に設定登録がなされたもので、その考案の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のものである。
「1 梳綿工程から紡出され、無数の単繊維を平行状に級く集め、長手方向に連続した化学合成繊織を含む混紡スライバー2、3を紐状に複数引き揃えた併合篠4で、指部6、手部5及び手首部7を連編して成るスライバー編成手袋。
2 混紡スライバー2、3が、化学合成繊維と綿繊維である実用新案登録請求の範囲第1項記載のスライバー編成手袋.
3 混紡スライバー2、3が、異種の化学合成繊維である実用新案登録請求の範囲第1項記載のスライバー編成手袋.」
Ⅱ.これに対して、請求人は、本件考案は、「甲第1号証~甲第4号証に記載された考案および参考資料1~参考資料5に示された記載内容によって実用新案法第3条第2項の規定により登録を受けられない考案であるので、本件考案は実用新案法第37条第1項第1号に該当し登録を無効とすべきである」と主張する。
一方、被請求人は、請求人が主張する理由及び提出した証拠によっては、本件実用新案を無効とすることは出来ない」と答弁する。
Ⅲ.請求人の提出した甲第1号証(大正12年実用新案公告第4624号公報)には、下記の「メリヤス」が記載されている。
「図面と説明に説示せる如く綿糸紡績の工程中梳綿以後精紡以前の間に於て紡機より得たる綿篠すなわちスライバーを一本又は数本を用いて之を適宜に形体保たしめつつ、編成したるメリヤスの構造」(登録請求の範囲及び第1~2図参照)
また、同じく甲第2号証乃至甲第4号証刊行物には、各々下記の点が記載されている。
甲第2号証(特公昭50-18111号公報):
編織物の製造方法とくに、無撚りの平行短繊維束よりなる編織物を製造する点(特許請求の範囲及び第1頁第2欄第1~2行参照)。
甲第3号証(特開昭55-107549号公報):
繊維束をドラフトし集束絡合させて訪績糸とする嵩高編織物の製造方法において、繊維束の繊維として綿、羊毛、麻などの天然繊維、レーヨン、キュプラ、ボリノジックなどの再生繊維、ポリエステル系繊維、ポリアクリロニトリル系繊維、ポリアミド系繊維などの合成繊維及びこれらの混紡繊維など、繊維束の形態としてスライバー、粗糸などとする点(特許請求の範囲及び第2頁左上欄第16行~同右上欄第4頁参照)。
甲第4号証(特開昭51-127267号公報):
紡績糸又はフィラメント糸と有限長繊維からなる無撚繊維束とを引揃え状に編成する点、及び無撚繊維束がスライバーもしくは粗糸がドラフトされてなる点(特許請求の範囲及び第2頁右上欄第18~19行参照)。
Ⅳ.そこで、本件考案と甲第1号証に記載された考案を対比すると、両者は、スライバー状物でメリヤスを編成するという点で共通するも、甲第1号証には、肌着類に用いるメリヤスの構造を開示するにすぎず、本件考案の主要な構成要件である、梳綿工程から紡糸され無数の単繊維平行状に緩く集め長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠とし、この併合篠で「手袋」を編成する点については記載も示唆もない。また、甲第2号証~甲第4号証にもこの点の点の記載も示唆もない。
しかも、本件考案は、明細書に記載されているように、輪奈が柔軟で感触が良い、光沢性に富む、作業用や防寒用として有効、かつコスト安の手袋が得らるという効果を奏するものである。
なお、請求人は参考資料1~5を提出して、スライバーで手袋を編成することは極めて普通の技術であると主張するので、この点について検討する。
参考資料1は、実願昭56-42008号の公開公報(実開昭57-154717号公報)、参考資料2はその出願に対する審査の拒絶理由通知書、参考資料3は同じくその拒絶査定書であり、参考資料4は実願昭56-110883号の公報(実開昭58-15682号公報)、参考資料5はその出願に対する審査の拒絶査定書であるが、いずれも本件考案の出願後に出願された実用新案登録出願に関するものであり、かつ本件考案の出願時の技術常識を示したものではないから、これらから、本件考案のスライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠で手袋を編成する点が本件考案の出願時に極めて普通の技術であったとは到底いえない。
してみれば、本件考案が、甲第1号証乃至甲第4号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできない。
Ⅵ.したがって、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件考案の登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成4年10月15日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)